平和のトーラスを作ろう

お互いに合わせた指先と指先の一点から発生した力が、お互いの体を通してループ状に伝わっている状態で、平和のトーラスが完成します。

平成最後の夏が未だ先のころ ~西部邁氏へ捧げて

西部氏は毎週土曜の番組が面白かったので毎回見て来たのですが、さすがにこの事件はインパクトがあります。ただ、民放で大きく報じられなかったのは、マスコミから嫌われていたのかなあ?と思われるますが、日本語については色々参考になる事が多いのですね。


生前はカラオケが好きだったらしく番組でも結構古い童謡を放送していました。朧月夜を良く歌ったいたらしいことが以下のビデオでも紹介されているます。



雑誌『表現者』創始者 西部邁先生 永眠さる(第1部)(週刊ラジオ「表現者」 藤井聡 あるがまま日本・京都)


その朧月夜からヒントを得て、詩を書いてみました。
と、一つひねって、ヤスミンちゃんの歌っていた「昭和最後の秋のこと」という昭和を回顧する歌をヒントに、あと十年後にこの事件を思い出してほしいな、という思いを加えました。


平成最後の夏が未だ先のころ


平成最後の夏が未だ先のころ、
西の国から来た人が
左から右へとさまよった後に
永遠へ向かって旅立ったという。


旅立つ丁度その時、
冷たい流れの多摩川を
最終電車は、何の音もさせずに
渡っていたのだろう。


そして、
旅立つ丁度その時、
速い流れの多摩川を
淡く照らしている月だけが
彼の最後の声を
聞き届けて
いたのだろう。


一つのストーリーの
エンディングに
相応しく、なのだろうか?
次の日は丸一日大雪になり
世界は白く彩られたという。


流行語 平成最後の夏

目黒近辺屋上から東京タワー方向。


平成最後の夏 誰が最初に

次の日のガーデンプレイスから見たらもう既に雪は解けていました。


《後記》


さて、おかげさまで「平成最後の夏」「平成最後の〇〇」という言葉がネット流行語として広く伝わったようです。


甲子園高校野球から始まり、様々な方のブログで大変盛り上がりましたね。 元をたどれば「平成最後の夏」というイメージタイトルで西部さんを追悼する意味の番組が、 某テレビであったことから、「平成最後の夏」「平成最後の〇〇」などの言葉が急激に広く広まる一つのきっかけとなったようです。


ビデオ版「平成最後の夏が未だ先のころ」

平成最後の夏


もちろんその番組でこの詩が紹介された訳ではないのですが、 ある日、この詩のビデオ版のアクセスが急に増え続け、あれ? と思っていたら番組表に「平成最後の夏」というサブタイトルの 番組を見つけ、なんだろう?と思い見てみたら、 そこで西部さんのやっていた雑誌社の編集の方が 出演なさっていて、西部さんの追悼の意をおっしゃっていました。


ただ、「平成最後の夏」というフレーズが今年の流行語大賞に選ばれることはありませんでしたが、又、いづれ誰かが「平成最後の〇〇」というフレーズに気がつくであろうとは思いましたが、少なくともこのフレーズを一番最初に使ったのはこの詩であろうし、この詩はこの事件があったからこそできた詩ですので、この詩を読んだ方が時折この事件の事を思い出すことができるのであれば、私としてはただただ幸いと思っています。


「平成最後の」というフレーズの元となった、ヤスミンちゃんの歌っていた「昭和最後の秋のこと」という歌、ベース、バイオリンとバッチリ決まっていて中々カッコ良いですね。


Yasmin Yamashita e Familia Lima \" Showa Saigo no Aki no Koto \" ( Hanabi Matsuri)


「平成最後の夏」は終わりましたが、「平成最後の年」は未だ来年もあります。 そして、来年から始まる新しい元号は何になるのか?に興味がありますが、 さ〜て、さてさて、いったいどんな年になるのでしょうか?



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